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不倫と自殺と犠牲になる愛 [人格障害・心の病気]

不倫と自殺と犠牲になる愛

10月16日に書いた記事(『不倫の夢が破れても死にたくはないですよね』)にSO-NETのAyakingさんから次のようなコメントをもらいました。

こんばんは、以前にコメントさせていただいたayakingです。
デンマンさんのブログは難しくて理解するのに(理解できてない?)時間がかかるので頑張って読ませていただいてます。
今回はちょっとデンマンさんの題名「不倫~」とは異なりますが、デンマンさんの意見を聞きたくてコメントします。

ayakingは31才です。
今年に入って小学校の頃の友人が相次いで自殺しました。

1人は4月にご両親からは転んで打ち所が悪くてと。。話でしたが自殺でした。
20才くらいに大きな病気をして明るかった彼が嘘のように物静かになってました。
病気は何かは分からないのですが、亡くなる5年ほど前に会ったら見るからにウツ状態みたいな感じになってました。
とっても頭もよくって県内ではトップクラスの進学校に行ったのに。
以前はご近所からも「優等生」だったのに病後は「変わった子」と噂されてたそうです。
それも頭が良すぎて狂ったっていう意味だったみたいです。

その2ヵ月後に女の子の友達が自殺しました。
先に亡くなった彼の葬儀に行こうと電話をしたときには
「旦那とうまくいってなくって睡眠薬を飲んでる」みたいなことを言ってたそうです。
ayakingは思うのはそうやって睡眠薬を飲んでるって公言するのは
前向きに生きてることだと思ったのです。
ayakingも以前、睡眠薬を飲んでましたので使い方を間違えなければとっても素敵な薬だと思ってます。
しかし、彼女は大量に睡眠薬を飲んで亡くなってしまいました。

はっきり言って、もう付き合いのない友人らでした。
ayakingは育児に追われ、世間からいうと多分「幸せ」な状態です。
色々あるけど。。。
きっとその友人から「相談がある」って言われてもそんな気持ちの余裕はなかったと思うので助けられなかったでしょう。
今、育児を通して「生きる」ということに触れてる自分には未知なる考えです。
子どもがお腹にいる頃に祖父の闘病生活と葬儀にでたので
余計強く「生きる」「命」「死」を考えさせられます。

デンマンさんの意見を聞きたいのではなく、デンマンさんに聞いてもらいたかったんだと思います。
ながながとすいませんでした。支離滅裂ですいません。

by ayaking (2005-10-16 22:48)
追加です。

コメントの途中にデンマンさんの意見が聞きたいよりもデンマンさんに聞いてもらいたかっただけなんだと自分の中で結論を出してしまい、先急いでコメントをしめてしましました。

最後に言いたかったのは、友人2人が自ら命を絶ったことは
助けてあげたかったとも、人生これからなのにもったいないとは思わないのです。ただ、命を絶つほど苦しかったと思うのでゆっくり休んでもらいたいです。

そう思いました。

by ayaking (2005-10-16 23:45)

SO-NETのMattさんからコメントをもらったばっかりだと思っていたのに、いつのまにか2つばかりコメントのタイトルが増えていました。
僕のようにめったにコメントがもらえないと、やはりうれしいものです。
しかし、気持ちのどこかに“馬鹿がまた嫌がらせのコメントを書いたのかも?”という危惧がありました。

幸いなことに、最近嫌がらせのコメントが少なくなりました。
僕にとっても、世界のネットにとっても喜ぶべきことだと思います。
そういうわけで、僕はさっそく返信を書きました。

Ayakingさん、コメントありがとう!



18日の記事はMattさんのコメントに基づいて草稿が大体書きあがったので、
(Mattさんのコメントに触発されて『“性の解放”は女性を解放したの?』という記事を18日に書きました)
Ayakingさんのコメントについては19日の記事として書きたいと思います。

実は、何を題材に書くか?についてはいつも頭を悩ませるんですよ。
そういう時にコメントをもらうと、“救い”であり“恵み”だと思えますよ。
Ayakingさんのコメントを読んで、いろいろと考えさせられました。

Ayakingさんに対する返信というよりも、あなたのコメントを読んで考えさせられたことを書きたいと思います。
あなたのコメントをじっくり読ませてもらいました。
ありがとう!

とにかく、Ayakingさんのように僕の記事を読んでくれてコメントを書いてくれる人が居るということを考えると、実にありがたいですよ。

前にも書きましたが、僕は嫌がらせのコメントをもらうことが実に多かったんです。
僕の書き方にも問題があったようです。最近では、いたずらに読む人の“悪意”を誘うような書き方は控えるようにしています。
“毒舌”を自慢していたわけではありませんが、読む人の感情を逆なでするような書き方は、やはり慎むべきなんでしょうね?

そのようなわけで、書き方を少し変えたせいか、最近では“悪意”のこもったコメントをもらわなくなりました。
少し人間的に成長しましたよ。へへへ。。。


また気が向いたら、コメント書いてくださいね。
僕は忙しくて、なかなか他の人のブログやホムペを読む時間がないんですよ。
だから、Ayakingさんのようなコメントをもらえるのが貴重なFeedbackです。

Thanx millions!

by denman (2005-10-17 03:35)

僕の身の回りにも自殺をした人が居ないわけではありません。
友人や知り合いが自殺をした、ということを聞くのは実に嫌なものです。
嫌だと言うより、信じがたい事が現実に起きてしまった、という驚きとショックで。。。しばらく感覚が麻痺したように、ボ~と考え込んでしまいます。
なぜ? どうして? 死ぬほどつらかったの? 死ぬ気になれば。。。
僕は自殺するタイプではないので、本当に理解に苦しみます。

どうして自殺をしなければならないのか?
死ぬつもりになれば、何でもできるじゃないか?

死にたくないけれど、死ななければならなかった人が、あの特攻機に乗って死んでいったじゃないか!
あの若くして桜の花のように散っていった特攻隊員は、現在、平和な日本で自殺してゆく人たちを見たら何と言うだろうか?

。。。というようなことを考えてしまいます。
そして歴史馬鹿の僕はクレオパトラが自殺したことを考えないわけにはゆかないのです。

クレオパトラは、おそらくすべての人が知っているでしょう!
これまで知らないという人にお目にかかったことがありません。
クレオパトラはご存知のように恋に生き、愛に生き、政治にもどっぷりとつかり、権力も手中に収め、財宝も思いのままに溜め込んだ女性です。
長~~い人間の歴史でも、これほどの人物は探してもなかなか見当たりません。

何しろ、シーザーとアンソニーという歴史上の偉大な男を、二人共に手玉に取ったのですから。
すごいです。
しかし、この女性は、それだけの波乱に富んだドラマチックな人生を歩みましたが、自殺しているのですね。結末もドラマチックです。

お釈迦様は、クレオパトラより500年以上も前の人です。
もしお釈迦様に向かって、死を前にしたクレオパトラが彼女の悩みについて尋ねたとすれば、お釈迦様はなんと答えたか?

僕がお釈迦様になったとしたら、おそらくクレオパトラと次のよう会話をしたでしょう。
でも、その会話を理解してもらうには、まずお釈迦様と孫悟空のエピソードについて話さねばなりません。

まだ僕が可愛い小学生だった頃、一学年全部で(350人ほど)近くの映画舘へ『孫悟空』(アニメ)を見に行きました。
僕の幼い頭に強烈に残ったシーンは次のようなものでした。
孫悟空がお釈迦様の手のひらに乗って、大きな顔を仰ぎ見て、話しかけているシーンです。
お釈迦様がちょうど、奈良の大仏のように、とてつもなく大きな人物として描かれていました。

孫悟空はお釈迦様に向かって言いました。「オイ、俺はすごいんだぜ!この世の端から端まで、ひとっ飛びで行ってきたんだ。」

お釈迦様は慈悲に満ちた優しい顔で笑っています。「そうかね。おまえは、そんなにすごいことが出来るのかね。でも、この世の端から端なんて、ちょっと信じられないが、何か証拠でもあるのかね?」

「もちよ、あたりきよ。あるに決まってるじゃないか!俺はよ、この世の端まで行って、大きな崖にでかい筆を使って俺の名前を書いてきたんだぜ。それが何よりの証拠さ。嘘だと思ったら、見て来なよ。でも、あんたのように、ここにジット座っていたんじゃそれも無理だろうがね」

お釈迦様は、それでも優しいまなざしを向けて笑っています。

「しかし、見る人が見ると、そうは思わないのだがね」

「だって、あんたは、ここにじっとして座ったままじゃないか!この世の果てなんて行けっこないじゃないか!」

「そうか、おまえには、そうとしか思えないのか」

そこで、お釈迦様はおもむろに、もう一方の手の平を広げたのです。
すると中指に、さっき、孫悟空が大きな筆で書いた名前が、書体も同じに全く瓜二つに書かれてあったのです。

「おまえが、この世の果てに飛んで行って書いたというのは、このことかね?」

孫悟空はびっくりデス。この世の果てと思ったのに、何とお釈迦様の手の平に書いていたのです。

「おまえは、この世の果てまで行ったというけれど、私の目には、こちらの手の平から、もういっぽうの手の平へ移動したに過ぎないんだ」

このようなシーンだったのです。

さて、お釈迦様になったとしたら、僕はクレオパトラに向かって次のように言ったかもしれません。

「あなたは、確かに恋に生き、愛に生き、政治にどっぷりとつかり、権力も手中に収め、財宝も思いのままにしてきました。しかし、あなたも、結局、孫悟空とたいして変わりがなかったのかもしれませんね。50歩100歩というところでしょうか」

「そうでしょうか?とにかく、私、疲れました」

「そうですか。私はあなたが自殺することを薦めはしませんが、そうかといって、止めもしません」

「私、とにかく疲れました。やるだけのことはやったのです。あなたの目には、孫悟空を見ていたのと同じように、私が、あなたの手の平の中で悪あがきをしていたように見えるでしょうが、それでも私は精一杯生きてきたのです。でも結局、このようにしかならなかったのです。もう、ホントに疲れたのです」

「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」

クレオパトラのような派手な人生を歩んだとしても、結局、御釈迦さんが見れば、彼の手の平の中で、うごめいていたということで人生が終わってしまう。
やるだけのことをやったけれど、結局思うようにはならなかった。
挫折のあとの、あきらめと、ためいきと。。。
そして、クレオパトラは言った事でしょう。「私は、とにかく疲れました」と。
そんなクレオパトラの様子を見たらお釈迦様の言う事は一言しかないですよね。
「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」

Ayakingさんも書いていました。

最後に言いたかったのは、友人2人が自ら命を絶ったことは
助けてあげたかったとも、人生これからなのにもったいないとは思わないのです。
ただ、命を絶つほど苦しかったと思うのでゆっくり休んでもらいたいです。
そう思いました。

僕も命を絶ってしまったAyakingさんの二人の友人に対して
「命を絶つほど苦しかったと思うのでゆっくり休んでもらいたい」と思います。

しかし、自殺をしたいと思っているレンゲさんが僕の助言を求めたら、僕はお釈迦様が言うような事は決して言いません。僕とレンゲさんの会話は次のようになるでしょう。

デンマンさん、あたしどうしても死にたいんです。

また、死にたい病気が出てきましたかァ。。。

デンマンさん、あたしはマジですよ。

そうかもしれませんね。でもねぇ、僕はお釈迦様がクレオパトラに言うような事は言いませんよ。

なぜですか?

なぜってねぇ、クレオパトラは恋に生き、愛に生き、政治にもどっぷりとつかり、権力も手中に収め、財宝も思いのままに溜め込んだ女性ですよ。長~~い人間の歴史でも、これほどの人物は探してもなかなか見当たりません。

そうらしいですわね。

レンゲさん自身のこれまでの人生を考えてみてくださいよ。クレオパトラは「やるだけの事はやりました」と言った。実際、それだけのことをやったとお釈迦様も認めた。だからこそ「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」と、お釈迦様は言ったんですよ。

つまり、あたしはやるだけのことをやっていないとデンマンさんはおっしゃるのですね?

そうですよ。あなたは本当にやるだけのことをやったのですか?

そのつもりです。

そのようには見えませんよ。

なぜ見えないのですか?

あなたのお母さんは生きている。それにもかかわらず、もう6年近くもあなたは会っていない。電話で話した事もない。あなたは、実の生みの母親と仲直りもしないまま、死んでしまうのですか?

仕方がありません。

仕方はありますよォ~!あなたは、お母さんの立場になって考えてみたらどうですか?おなかを痛めて産んだわが娘が、結婚もせず、子供も生まず、家庭も持たずに、母親よりも先に、自らの命を絶ってしまう。一番つらいのは、娘と仲直りもしないうちに娘に先立たれてしまう母親ですよ。そのように娘に先に逝かれてしまった母親の気持ちをレンゲさん、あなたは考えてみた事がありますか?

。。。(無言)

考えたこともない。。。でしょう? そのことがとりもなおさず、レンゲさんが人生と言うマラソンの折り返し点をまだ過ぎていないという何よりの証拠ですよ。まだ未熟だと言う事ですよ。クレオパトラはねぇ、二人の偉大な男と恋をして、その二人の男の子供も生んだ。このこと一つ採ってみても、レンゲさん、あなたは、やるだけのことをやったとは言えないんですよ。まだ、満足のゆく恋愛すらしていない。この世に未練がたくさんあるはずなんですよ。あるでしょう?

。。。(さらに無言)

あなたに向かってお釈迦さんは何と言うと思いますか?

。。。分かりません。

言う事は唯の一つです。

それは一体何でしょうか?

「死んだつもりで、しっかりと生きなさい。死んだ気になれば何でもできます」

レンゲさんは恐らく平均的な20代の女性と比べれば、不倫を含めて、かなりの恋愛経験をしているはずです。
殺されそうになったにもかかわらず、一度は離れたものの、殺される事も甘んじて(犠牲になる愛を意識して)またその男と縁(よ)りを戻して“幼児的なふれあい”の中で抱かれ、寂しさを紛らわしたのです。
でも、結局別れる事になった。(また、縁りを戻す可能性がかなりあります。)

しかし、僕の目には上のダイアログで書いたように、レンゲさんは彼女の人生と言うマラソンの折り返し点にまだ到達してもいない。
僕自身がまだ人生の折り返し点を回っていないのです。僕の目に、レンゲさんは人生の4分の1の所で足踏みしている!

お釈迦様がレンゲさんを見たら、恐らく僕と同じことを言うでしょうね。
「死んだつもりで、しっかりと生きなさい。死んだ気になれば何でもできます」

しかし、Ayakingさんの自殺した友人の事は、僕は何も知りません。
だから、“命を絶つほど苦しかったと思うのでゆっくり休んでもらいたい”と僕も思います。
死人に鞭打つ事はしたくありません。僕にはできません。
でも、生きている人には“愛のムチ”を打つ必要があります。僕は打ちます。
『鉄は熱いうちにうて』と言う諺もありますからね。。。。


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コメント 1

ayaking

ありがとうございました。なんかもやもやしてたココロを汲み取ってもらえました。

デンマンさんのブログに嫌がらせのコメントがくるのもわからなくはないですが、とっても面白くって脳みそを刺激する内容なので面白いですよ!
子育てをしてると子どもの泣き声を聞けるように聴覚がとっても敏感になっていてゆっくり本を読んだり、映画を見たりできないので脳みそが使わない部分が退化してるのではないか?!と不安になります。
行間を読むとか映画などの見えないココロの変化を読み取るとか
そういったことが育児してるとできないんです。
わかってもらえますかね、この表現で。。。

デンマンさんのブログはとっても使ってない脳みそを刺激してくれるので
頭がさえますよ。

これからもブログ楽しみにしてますね。
ありがとうございました。
by ayaking (2005-10-20 13:57) 

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